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皆様ご無沙汰いたしております!

全然更新してないのに、時々チェックしてくださった方々、ありがとう〜☆

「ネイティブアメリカン研究奮闘記 Part III 」を作りました。
まだまだ、途中ですが、色々な情報をアップしていきます!

こちらをクイックしてください!

今日は、私の大好きな「七夕」です
素敵な夜をお過ごしくださいませ。。。
 
お天気、よくなるといいな〜

# by qoo-on-tuleriver | 2011-07-07 09:49 | ネイティブ・アメリカン研究

『ネイティブアメリカン研究奮闘記PartII』をご覧頂き、ありがとうございます。
2005年12月に『ネイティブ・アメリカン研究奮闘記at UCDavis』として始めましたこのサイトも、気づくと、早くも6年目となっています。その間、些細な気づき、それまで温めていた想い、そして思い出の場所など、あらゆる意味で「ネイティブ・アメリカン」とともにあった、私の日常を、
ここにしたためてきました。このサイトを観てくれた多くの方の気持ちに、そのメッセージが少しでも届いていてくれたのであれば幸いです。また、この間、このサイトを通じてお知り合いになれた方々、お世話になった方々、また、このブログがご縁で共に仕事をすることになった方々が大勢いらっしゃいます。すばらしい方々が、このサイトを通じで、私と「つながって」くれたこと、「つながらせて」くれたこと、それを、きっと存在するであろう「研究の神」に感謝いたします。

 『ネイティブアメリカン研究奮闘記PartII』は今回の投稿を持ちまして終了させていただきます。ということは。。。。そうです!勿論『Part III』へと続きます!さて、Davis、Tule River、と続きまして、次は何処でしょう・・・!現在作成中ですので、楽しみにしていてください。また、このサイトでお知らせをさせていただきます。

 今、このブログを観てくれていたであろう人の顔を思い浮かべています。そして、お会いしたこともない、お話したこともない、私が、まだ知らない読者の方々のことを想像いたします。辛い出来事が重なる昨今でありますが、その中でも、希望の光が、皆様の頭上にずっと降り注いでいきますように。
                       2011年 3月31日 Qoo

# by qoo-on-tuleriver | 2011-03-31 14:02 | ちょっとBreak

# by qoo-on-tuleriver | 2011-03-30 10:03 | ネイティブ・アメリカン研究

東京は寒いですね。

先週は冷たい雪の週末となりました。
私は、雨があがった合間を見て、
ご近所をゆっくりジョギングしたり、
久しぶりにゆっくりお料理をしたりして過ごしました。

カリフォルニアのTule River保留地でも、大雪が降ったとか。。。
友人から積もった雪景色のお写真が送られてきました。

「あと数日帰国が遅かったら、しばらく保留地に足止めだったね・・・」と。

☆☆☆☆☆

ところで、ちょっと困ったお話ですが・・・

今、保留地を訪れる人の中で、とても「嫌われる」職業の人は誰だと思いますか?

一昔は、「歴史学者」や、「人類学者」など、
保留地の歴史や遺物を勝手に掘り起こして、
自分たちのアカデミックな業績にし、部族、保留地にその成果をなんら還元しない人々が
「要注意人物」とされてきたようですが。

現代では、私も含めた研究者の態度は大きく改善されていると信じています。


ということで、上の質問への答えを考えれば・・・

一つにはGenealogiest(家系学者)が挙げられるでしょう。


移民の多いアメリカでは「ancestor.com」など、
自らの祖先を調べるサイトやサービスがポピュラーで、
学問としてのGenealogy(家系学)も確立されています。


また、ネイティブ・アメリカン部族に関して言えば、

家系図を作る作業は、
そもそも、共有財産制をとっている部族内で、
何らかの経済活動(土地や天然資源、カジノ運営など)などが行われ、
その配当金が規定される場合、とても重要です。

特に、部族史が確立していない部族における家系図作りは、
そのまま、「部族の成員規定」という大きな結果とつながってきます。

そして「部族成員」であることを証明することが、金銭的配当の条件となるのです。

確かに、
部族は独自の「成員資格」を定めています。
「部族内で生まれる」とか「両親(もしくはいずれか)が成員である」とか
様々。

しかし、
一世代、ニ世代前になると、どこで生まれた、どの両親から生まれた、
という点に関する事実確認は、非常に難しくなってきます。
保留地における政府の人口調査は、
それほど「いい加減」なものであったと言わざる負えない場合も。
それゆえ、
多くの部分で、「慣習」や「証言」に頼っている部分も少なくありません。

それゆえ、
「たとえ家族だと思われていても、今日、専門家が調べてみると血縁的関係はなかった。」

などと公文書の上で証明されてしまうと、
今後、部族の成員資格を失うことすらあるのです。

血縁関係に関しては、「グレー」の部分が多い保留地内で、
金銭的な問題が絡む血縁証明作業では、
「白」か「黒」かの結果が求められるからです。

しかし、
規定する側からは必要な専門知識、情報ですが、
調査される側である、実際の部族メンバーにとってはかないません。

だから、
「ナイーブでTachyな問題に立ち入ってくる」として
家系学者は、自分たちの成員資格を脅かしかねない要注意人物みえるのかもしれません。

☆☆☆☆☆

かくいう私も
数年前から、部族の「Family Tree(家系図)」を作成し始めていることは、
以前、このブログにも書きました。

といっても、
私の場合、金銭的配当がからむ、「成員規定」が目的ではありません。

歴史記述に必要な資料だからです。


これは、
家族的つながりが濃く、
各家族の役割が歴史的に引き継がれ(お金持ちの家族、リーダー的役割の家族、などなど)
また部族の成員それぞれが多かれ少なかれ血縁関係を持つ、
同保留地の歴史を書くとき、なくてはならない情報なのです。

例えば保留地でのインタビューとなると、とある“おじいちゃん”などは、

「うちの曾おじいちゃんの、
一番目の奥さんのお父さんが、その事件にかかわっていたらしい」


「彼女は、うちの母の妹の息子の従妹だよ・・・彼は朝鮮戦争に行ったんだ。」


と話すことも。

彼らの記憶の中にある「家系図」は、
驚くほどの正確さで、歴史を刻んでいるのです。

下手な連邦政府の資料より、語るところが大きい。

そんな私の頭の中には、
今のところ登場してきた人々のすべての家系図が叩き込まれています。

おじいちゃん、おばあちゃんと話すときには、
必要不可欠な情報なのです!

この部族には、未だに「公式な家系図」というものがないため、
会話の中で、新たなる家族が登場することも珍しくなく、

「え~!あなたの曾曾おじいちゃまは、妹さんがいらしたのね!」とい事態にも。笑。



しかし、
「家系学者」に対する態度もあるので、
これらの作業は、とても慎重に行わなければならないことです。

その上で、自分の中で決めているのは、


書き残さず、頭の中だけで整理する

たとえ矛盾していたとしても、聞いたことを信じる。


この二つです。

時にはDNAの問題まで持ち出してくるであろう、専門家の家系学者の家系図と、
聞き込みだけで作った、信じることで作られる、私の頭の中の家系図とは、
もしかしたら、全く異なった図が描かれるのかもしれません。
(Tule Riverは家系学者を雇ったことがないので不明ですが・・・・)

要は、どちらの情報に意味を見出すかです。

私の頭の中の家系図は、

カジノマネーを配分するための資料ではなく、

将来、保留地の子供たちが、

「おじいちゃんやひいおじいちゃんたちの歴史に詳しい、
 変な日本人のおばちゃんが、たまたま保留地に来ているから聞いてみよう!」

と訊ねてきてくれたときの、物語用なのです。



# by qoo-on-tuleriver | 2011-03-07 12:10 | ネイティブ・アメリカン研究

保留地滞在中、
よく、山の中をジョギングしました。

そこで・・・
全ての人に心配されたのが、
「マウンテンライン」との遭遇でした



保留地の山の中には沢山います。

その対応策として教えてもらったのが、
マウンテンライオン見かけたら、「自分から近づいていくこと」と。
逃げると餌だと思われてしまうからです。

そこで、ジョギングに付き合ってくれたのが、
こちら、友人のワンちゃん。アニーです。

遭遇してしまったら仕方がないが、

動物の感覚で、アニーは人間よりも早くマウンテンライオンに気づく。
それを信じて、アニーに同行してもらいました。

うちの愛犬ランちゃんにそっくりで、
滞在中、とっても癒されました。





# by qoo-on-tuleriver | 2011-03-05 12:40 | ネイティブ・アメリカン研究

長旅で疲れたので、週末はゆっくり過ごします。
皆様もよい週末をお過ごしくださいませ。



一番下の妹 作 for ”遅い″Valentine Day

# by qoo-on-tuleriver | 2011-03-04 17:46 | ちょっとBreak

ほぼ一か月程度、アメリカで過ごし帰国しました。


学生時代、翌日、サンフランシスコから帰国するのに、よく利用していたモーテルがあります。
Vagabond Inn Expressというところ。
このホテルは、空港との往復シャトルサービスや充実した朝食のサービスもあり、
値段の割には、本当に便利です。

今回の帰国前日、
とても久しぶりに、ここに前泊することにしました。

このモーテルで、もう一つ気に入っていることがあります。
それは、朝のジョギング。

サンフランシスコ湾沿いに立っていて、モーテルから出ると、すぐに水辺に立つことができます。
その他にもいくつかのホテルやレストランが並んでいて、
堤防となっている水辺は、とても素敵なジョギングコースとなっているのです。

ここに泊まるときは、常に長旅で疲れているのですが、
飛行機に乗る前、早朝に少しジョギングします。
すでに朝の六時過ぎから飛び始めている飛行機を遠目に眺めながら、
東に延びているジョギングコースからは、地平線から上がる朝日を見ることもできるのです。

最後に走ったのは、大学生の頃だから、少々サバを読んで(??)10年前かな?笑。
間違いなく、その時と同じ気持ちで、
また「この道」を走っている自分に、私はとても満足しています。









海辺の向こう側には、長く伸びるサンフランシスコ国際空港の着陸路が伸びていますね!

# by qoo-on-tuleriver | 2011-03-02 07:01 | ネイティブ・アメリカン研究

デイビスを出て保留地に滞在中、
先にも書いたJack Forbesの訃報の知らせを受けました。

あまりにも突然の知らせで、
しばらく声が出ないくらい、ショックです。

Davisから離れていたので、
彼を直接知る人はこの保留地にはおらず、
すぐ周囲に気持ちを分かち合える人がいなかった分、
一人で静かにジャックをしのびつつ、過ごしました。

「大切な人は永遠に元気でいてくれる。」
そんな根拠のない願いを秘めながら、生きているような気がします。
でも、現実には、「知恵を持つ人たち」ほど早く逝ってしまう。

沢山持ち帰ってきた、彼のコレクションのコピーを一つ一つ見ていくことが、
ここ数か月先までの私の研究計画でした。
まだまだ聞きたいことが、山のようにあったのに。。。。
師を一人失うことが、こんなにも不安であることか、
そんな絶望と格闘するうちに、
未だ独り立ちできていない自分の未熟さを実感するものです。

間違いなく、彼の功績は、アメリカ先住民の大きな遺産であり、
また、彼を失ったことで、多くの人々が喪失感を持つでしょう。

彼の「最後」の教え子の一人であることを誇りに思い、
その故に、
この仕事において自分が何をできるのか、考える日々であります。

# by qoo-on-tuleriver | 2011-02-27 06:58 | ネイティブ・アメリカン研究

保留地内は、基本的にTax Free(税金がかからないこと)です。
食品や車のガソリンから、保留地の「土地」などにも適用されます。




石油が高いこのご時世、
アメリカでも、値上がりしたまま、下がりませんね。
それでも、保留地内のこのガソリンスタンドでは、税金が少ない分、少しお安めです

部族議会の建物から、保留地内の土地を横切って、
近道を30分くらいくねくね走り、
近くの町までいく途中にこの建物は立っています。


私がよく利用する、息抜きの場所でもあります。


近くには、BakersfieldやLAからの観光客を集める、
ちょっとしたキャンプリゾート地にもなっている、
Success Valleyのキャンプ上があります。
眺めは最高!

お店にお買いものに行くとき、
町まで下りるとき、
時々車を止めて、一人でぼ~としています


この湖は、保留地の境界線のすぐ外側にあります。
今はオフシーズンで誰もいません。とっても静か。


こちらが、大好きな場所。


反対側は、保留地の境界線と接しているので、
なだらかな丘陵が続きます。
中ほどに草を食べている牛が、見えますか??

# by qoo-on-tuleriver | 2011-02-20 07:07 | ネイティブ・アメリカン研究

先日、とある先住民の村に行ったとき、
あるエルダー(長老)が体を壊して、寝たきりの生活を送っていました。

彼女は、一族で最も高齢の80才過ぎ。
私が訪れた時、彼女は、彼らの伝統的なカラフルな手織りのガウンに包まって、
ただ、横になっていて、

また、彼女の脇には、
同じく、黒髪を結い、ガウンに包まった彼女の娘が、
何も言わずに座っていました。

病院よりも、
一族の中でもHealerと呼ばれる人が病の治療を担当する伝統が、
未だ強く残るこの村で、
彼女の病は、「悪いスピリットに憑かれている」と診断されていました。

何故か?

それは、一族の皆が「家を空けて働くこと」忙しく、
年老いた彼女を「一人きり」にすることが多かったためです。

この村、または、トライブでは、老若男女とも「一人」でいることは良いことはされていません。
「いつも誰かと常に一緒にいること」「お互いに見守っていること」が大切なのです。

確かに、ここの伝統的な生活形態の中では、
女性たちは、丸くなって座り、皆で衣服やクロスを織り、それを見える距離の中で、
男性たちは農作業を行います。決して「一人で行動」をすることがないのです。

しかし、近年、賃金労働のため、家族全員が外に働きに行くということも珍しくなく、
そのため、働き世代ではない老人が一人で過ごすことが多くなっているそう。

つまり、老女が病にかかったのは、
家族の彼女に対する「Irresponsibility」であるという診断なのです。

その家族は、悔いているのか、見守っているのか。。。。
私が滞在した数時間の間、
たった一度もベッド眠っている老女が、一人きりになることはありませんでした。
薬を飲まずとも、彼女の心には、とても強いエネルギーが届いていることでしょう。

「一人で過ごさない」「いつも誰かのそばにいる」
現代の私たちには、ちょっと難しいことかもしれませんが、
もしかしたら、現代社会で起きている多くの問題の解決策の一端を示しているように思えてなりません。

ものも言わず、静かにベッドの脇に座っている家族を眺めながら、
私は、本当の「知恵」を、再び垣間見た気がしました。


<http://www.photographersdirect.com/buyers/stockphoto.asp?imageid=2171222より>

# by qoo-on-tuleriver | 2011-02-17 06:51 | ネイティブ・アメリカン研究

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