東京は寒いですね。
先週は冷たい雪の週末となりました。
私は、雨があがった合間を見て、
ご近所をゆっくりジョギングしたり、
久しぶりにゆっくりお料理をしたりして過ごしました。
カリフォルニアのTule River保留地でも、大雪が降ったとか。。。
友人から積もった雪景色のお写真が送られてきました。
「あと数日帰国が遅かったら、しばらく保留地に足止めだったね・・・」と。
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ところで、ちょっと困ったお話ですが・・・
今、保留地を訪れる人の中で、とても「嫌われる」職業の人は誰だと思いますか?
一昔は、「歴史学者」や、「人類学者」など、
保留地の歴史や遺物を勝手に掘り起こして、
自分たちのアカデミックな業績にし、部族、保留地にその成果をなんら還元しない人々が
「要注意人物」とされてきたようですが。
現代では、私も含めた研究者の態度は大きく改善されていると信じています。
ということで、上の質問への答えを考えれば・・・
一つにはGenealogiest(家系学者)が挙げられるでしょう。
移民の多いアメリカでは「ancestor.com」など、
自らの祖先を調べるサイトやサービスがポピュラーで、
学問としてのGenealogy(家系学)も確立されています。
また、ネイティブ・アメリカン部族に関して言えば、
家系図を作る作業は、
そもそも、共有財産制をとっている部族内で、
何らかの経済活動(土地や天然資源、カジノ運営など)などが行われ、
その配当金が規定される場合、とても重要です。
特に、部族史が確立していない部族における家系図作りは、
そのまま、「部族の成員規定」という大きな結果とつながってきます。
そして「部族成員」であることを証明することが、金銭的配当の条件となるのです。
確かに、
部族は独自の「成員資格」を定めています。
「部族内で生まれる」とか「両親(もしくはいずれか)が成員である」とか
様々。
しかし、
一世代、ニ世代前になると、どこで生まれた、どの両親から生まれた、
という点に関する事実確認は、非常に難しくなってきます。
保留地における政府の人口調査は、
それほど「いい加減」なものであったと言わざる負えない場合も。
それゆえ、
多くの部分で、「慣習」や「証言」に頼っている部分も少なくありません。
それゆえ、
「たとえ家族だと思われていても、今日、専門家が調べてみると血縁的関係はなかった。」
などと公文書の上で証明されてしまうと、
今後、部族の成員資格を失うことすらあるのです。
血縁関係に関しては、「グレー」の部分が多い保留地内で、
金銭的な問題が絡む血縁証明作業では、
「白」か「黒」かの結果が求められるからです。
しかし、
規定する側からは必要な専門知識、情報ですが、
調査される側である、実際の部族メンバーにとってはかないません。
だから、
「ナイーブでTachyな問題に立ち入ってくる」として
家系学者は、自分たちの成員資格を脅かしかねない要注意人物みえるのかもしれません。
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かくいう私も
数年前から、部族の「Family Tree(家系図)」を作成し始めていることは、
以前、このブログにも書きました。
といっても、
私の場合、金銭的配当がからむ、「成員規定」が目的ではありません。
歴史記述に必要な資料だからです。
これは、
家族的つながりが濃く、
各家族の役割が歴史的に引き継がれ(お金持ちの家族、リーダー的役割の家族、などなど)
また部族の成員それぞれが多かれ少なかれ血縁関係を持つ、
同保留地の歴史を書くとき、なくてはならない情報なのです。
例えば保留地でのインタビューとなると、とある“おじいちゃん”などは、
「うちの曾おじいちゃんの、
一番目の奥さんのお父さんが、その事件にかかわっていたらしい」
「彼女は、うちの母の妹の息子の従妹だよ・・・彼は朝鮮戦争に行ったんだ。」
と話すことも。
彼らの記憶の中にある「家系図」は、
驚くほどの正確さで、歴史を刻んでいるのです。
下手な連邦政府の資料より、語るところが大きい。
そんな私の頭の中には、
今のところ登場してきた人々のすべての家系図が叩き込まれています。
おじいちゃん、おばあちゃんと話すときには、
必要不可欠な情報なのです!
この部族には、未だに「公式な家系図」というものがないため、
会話の中で、新たなる家族が登場することも珍しくなく、
「え~!あなたの曾曾おじいちゃまは、妹さんがいらしたのね!」とい事態にも。笑。
しかし、
「家系学者」に対する態度もあるので、
これらの作業は、とても慎重に行わなければならないことです。
その上で、自分の中で決めているのは、
書き残さず、頭の中だけで整理する
たとえ矛盾していたとしても、聞いたことを信じる。
この二つです。
時にはDNAの問題まで持ち出してくるであろう、専門家の家系学者の家系図と、
聞き込みだけで作った、信じることで作られる、私の頭の中の家系図とは、
もしかしたら、全く異なった図が描かれるのかもしれません。
(Tule Riverは家系学者を雇ったことがないので不明ですが・・・・)
要は、どちらの情報に意味を見出すかです。
私の頭の中の家系図は、
カジノマネーを配分するための資料ではなく、
将来、保留地の子供たちが、
「おじいちゃんやひいおじいちゃんたちの歴史に詳しい、
変な日本人のおばちゃんが、たまたま保留地に来ているから聞いてみよう!」
と訊ねてきてくれたときの、物語用なのです。
